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ドルアーガ9話 死の描き方 (追記済) このエントリーをはてなブックマークに追加

今日も元気に徹夜!なわけですが

今ねドルアーガの9話観たわけよ。


やばい。

凄いって。


あれほど死を上手く表現したのは最近観ているアニメの中でもなかったと思う。
朝から凄いもん観た。


カリーが死ぬ。その事だけについては凄くあっさりした描き方だった。
気持ち悪いぐらいにあっさり死ぬカリーが逆に生々しいというのもあった。

ニーバやウトゥが内心悲しんでるであろうにあくまでクールを装い、1人ショックで騒ぐファティナを諭し先を急ぐ。

言葉では伝えきるのが難しいんだけど、この表現が凄くカリーの死を重くしていた。とても簡単にできる表現じゃなかったと思う。


9話はストーリーとしても、訴えてくるモノにしても考えさせられるモノにしても凄く多くて大きい回だった。
これは名エピソードだと思う。



ああ・・今すぐもっと書きたいんだけど、学校いかなきゃいけないから時間ある時に落ち着いてからまた追記することにします。




と、ここまでが朝観た感想。
更になんかグダグダと考えてみましたw

まぁなんだ今回のカリーの死とその後の描き方もそのシチュエーションだけ見れば結構ありがちなんだ。
漫画とかで「人一人が死んでるんだぞっ!?」的な事を主人公が最初に死を目の当たりにして叫ぶ~
なんてことはあるし。
「俺達は常に死と隣り合わせにいる」だの「死の覚悟はできている」っていう風に表すとあら不思議ありがちもありがちなんだよね。

そしてドルアーガの作品全体が死を全部重く扱ってるとかそういう事を言いたいのでもない。
あまり気にしないかもしれないけれどドラゴン討伐の時にだって親衛隊とかはボロ雑巾のようにたくさん死んでいるしね。
そこはモブ扱い。

メインでもモブもないのがリアルな死ではあるはずだから。
ただそれはどの人から見たメインで、モブなのかってことで、物語の中で重要視されて、死もそれに見合ったものになってるだけ。
リアルでもそこは同じ。全く知らない人が死んでも知らないで終わるし、可愛そうと思って終わりな人がほとんど。でも身近な人が死ねば悲しいしストーリーがある。
当たり前で残酷な話だけどそういう事。

ただ重要視されてるキャラや、なんでもかんでも簡単に殺しちゃう感じの作品が嫌いではあります。
でもそれとあっさり死ぬのは同意義じゃないから難しい。

人間死ぬ時は案外あっさり死ぬ。

爆発したり、おかしな感じで殺されたりだとかそういうのもあるけどさ。
もちろんそういうのでもしっかり描かれているものもあるよ。

最近だと00のロックオンが死んだ時(生きてると思ってるけど)とかはそれなりにちゃんと描かれていて好印象だったしね。
でもその後バンバン人死んでるけどロックオンと同じほどの扱いではない。
それはさっき言ったようにメインとモブはどうしてもあるからしょうがないんだけど。

まぁ人の生き死になんて難しくて説明しきれるわけでもないんだが、
そんな中でも今回のドルアーガ、カリーの死とその後の仲間達の反応というのはなんだか凄く「リアル」に感じたんだよね。
さっきも言ったように考えるとありがちかもしれないシチュなのに、そう思えるのは本当に良くできてたからとしか言えないと思うんだ。

是非皆にも「ドルアーガの塔 ~the Aegis of URUK~ 第9話 イレブンナイン」を観て欲しいと思う。
[ 2008/06/03 22:35 ] 漫画、アニメ | TB(0) | CM(2)

見ました

ドルアーガ9話見ました。
カリーの死が描かれたわけですが、死ぬ前まで普通に食事をしていて何の前ぶりもなく死んでしまうのは驚きでした。
その反面少しあっさりしすぎかなとも感じました。やっぱりアニメだし、他人の死に対しては叫んで欲しいのですよ。
そういった意味で自分にとって衝撃的だったのがSEEDのニコルの死ですね。当時は、まさかあそこで散ってしまうとは思いませんでした。しかも、キラが中途半端にソードを止めてしまったために苦しむニコル。それでもアスランに「逃げて」と告げようとするニコル。そのあとのキラの戸惑い・アスランの叫びもいい。あの回は何度も見直しましたね。
逆にあっさりしすぎて驚いたのが、これまたSEEDから、アストレイ3人娘のマユラの死です。彼女が何のセリフも泣くゲイツと相打ちになるシーンを見た時は思わず叫んでしまいました。
あと「死」を描く際に重要なのが「死」をもたらす側の描写。というのも赤雪さんの薦めもあり、最近エヴァを見直したわけですが、シンジが3号機のエントリープラグ破壊を阻止できなかったシーンやカオルを殺してしまうシーンを考えるとそう思わざる得ないのですよ。特に、カオルの首をはねるまでの間に考えさせられるものがありました。
最近はアニメ慣れして死亡フラグを理解し始めたためか「死」に対してかつて程の衝撃を受けにくくなっています。しかも最近のアニメはやたらと人が死ぬような感じがします。そういった意味でも期待を裏切ってくれるような「死」の表現に期待したいです。長々と失礼しました。
[ 2008/06/07 00:52 ] [ 編集 ]

んーと

すまん気づくの遅れて返信遅れたっす><
長々大歓迎よー意見の交換ができるのはなによりだ!

俺にとっては期待を裏切ってくれる死の表現だったんだよねー今回のが。
つーのも最近なんでもかんでもドラマがありすぎる。
コメントで挙げてくれたシーンはどれも自分も印象に残ってるし思い出深いシーンばかりだけど、それらほとんどはドラマチックすぎる。別に悪いとかじゃなくね。
その点今回のは死ぬのもその後の描写もドラマチックじゃなくリアルに近いから良い意味で裏切られた~みたいな感じだったんだよねー
元々「死」に期待するのもおかしな話だし、良いともいい難い話なんだがね。人間の一番のテーマでもあるから人の心に触れやすいからしょうがないんだろうけど。。
でも最近は殺しとけば盛り上がるという風潮があるのも事実だと思うからなぁ・・・難しいね。
今日みたいな事件があるとまた1つ人の死について考えさせられるしね。
生きて死以上の感動を与えてくれる、心を動かすモノ。それが最善であるとは今のこの世界的には表向き一番であるんだろうけどねぇ・・

[ 2008/06/09 03:23 ] [ 編集 ]

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